定年の年齢は65歳からどう変わる?改正高年齢者雇用安定法も合わせて解説
定年と言えば60歳というイメージがある方もいるかもしれません。しかし、現在の日本では高年齢雇用安定法の改正により、企業には希望者全員に65歳までの雇用が義務付けられています。2020(令和2)年3月にはさらに改正されて、70歳までの就業機会確保が企業の努力義務になりました。ひと昔前の60歳定年から70歳まで働ける社会へと変化が見込まれている日本。世界の定年と比較しながら、日本の定年に関する理解を深めていきましょう。
01現状の定年について
まず、現状の日本の定年についておさらいしてみましょう。厚生労働省「令和4年 就労条件総合調査」によると、定年制のある企業は94.4%、定年制を定めていない企業は5.6%となっています。さらに、定年制がある企業のうち、一律に定年制を定めている企業は96.9%。そのうち60歳を定年とする企業は72.3%、65歳以上を定年とする企業は24.5%となっています。企業で採用している定年制のほとんどが、60歳であることが分かります。
なお、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」第8条によれば、「定年の定めをする場合には、60歳を下回ることができない」とされています(高年齢者が従事することが困難であると認められる業務として、厚生労働省令で定める業務に従事している労働者については、この限りではありません)
2013(平成25)年の高年齢者雇用安定法改正で65歳に引き上げ
現在、日本では定年を60歳と定めている企業がほとんどですが、上述の通り、2013(平成25)年の高年齢者雇用安定法の改正により、企業には希望者全員に65歳までの雇用が義務付けられています。さらに2021(令和3)年4月からは、70歳までの就業機会確保が企業の努力義務になりました(この改正は70歳の定年引き上げを義務付けるものではありません)。
02諸外国の定年はどうなっている?
日本では、今後70歳までの就業ができるよう企業努力が見込まれますが、諸外国の定年はどのようになっているのか比べてみましょう。
アメリカ
アメリカでは、「ADEA(The Age Discrimination in Employment Act:雇用における年齢差別禁止法)」という法律により、40 歳以上の個人に対し年齢を理由とする雇用に関する差別を禁止しています。公共交通機関の業務や警察官、消防士などを除き、企業規模20人以上の使用者(国および州を含む)などは、この法律の対象となります。
なお日本年金機構「アメリカ年金制度の概要」によれば、アメリカの老齢年金の支給開始年齢は原則65歳でしたが、2027(令和9)年までの間に段階的に67歳に引き上げられています。
韓国
高齢化が進む韓国でも「雇用年齢差別禁止および高齢者雇用促進に関する法律」の2009(平成21)年改正により、合理的な理由なく雇用のすべての段階において、年齢を理由に差別することが禁止されるようになりました。さらに2013(平成25)年4月の改正で、定年を定める場合は60歳以上にすることを2016(平成28)年から段階的に義務化しています。
日本年金機構「主要各国の年金制度の概要」によれば、韓国の年金の受給開始年齢は61歳です。2013(平成25)年以降、5年ごとに60歳から1歳ずつ引き上げられ、2034(令和16)年までには65歳になる予定です。
シンガポール
厚生労働省「2019(平成31・令和元)年 海外情勢報告」によれば、シンガポールにおける65歳以上の人口が居住者人口に占める割合は、2000(平成12)年には7.2%でしたが、2019(平成31・令和元)年には14.4%へと急増しており、高齢化の進展がうかがえます。
法定定年年齢は1993(平成5)年 には60歳でしたが、1999(平成11)年に62歳へ引き上げられ、さらに2022(令和4)年には 63歳、2030(令和12)年までに65歳に引き上げられます。また2012(平成24)年に、「Retirement and Re-employment Act:退職再雇用法」が制定され、一定の条件を満たす労働者には65歳まで再雇用の申し込みを義務付けています。この再雇用年齢も2017(平成29)年には67歳に引き上げられ、2022(令和4)年には68歳、 2030(令和12)年までに70歳に引き上げられます。
シンガポールの社会保障制度は、主に積立方式の基金「CPF(Central Provident Fund:中央積立基金)」によって運営されています。条件を満たせば、積み立てた老齢給付口座の残高や選択した支給開始年齢(60~70歳の間)および支給方式に応じた年金を生涯受給できます。生涯受給できる年金の対象外の人は、老齢給付口座の残高を取り崩す形で20年間に渡り年金を支給できます。
イギリス
厚生労働省「2019(平成31・令和元)年 海外情勢報告」によれば、イギリスは雇用において年齢を理由とする差別は「2010年平等法(Equality Act 2010)」により禁止されています(正当な目的を達成するために適当な理由がある場合は、違法にはなりません)。2011(平成23)年10月1日以降、事業主による標準退職年齢の設定は原則できないとされています。
イギリスの年金支給開始年齢は65歳でしたが、2019(平成31・令和元)年には66歳までの引き上げ措置があり、生年月日により支給開始時期が異なります。2020(令和2)年10月に66歳への引き上げが完了します。その後、男女ともに2026(令和8)年から2028(令和10)年にかけて67歳に、2044(令和26)年から2046(令和28)年にかけて68歳に引き上げ予定になっています。
ドイツ
厚生労働省「2019(平成31・令和元)年 海外情勢報告」によると、ドイツではかつては若年失業者や長期失業者の雇用機会拡大のため、高齢労働者の早期退職が推奨されていました。しかし少子高齢化の進行から、労働力人口の減少や社会保障財源の確保が課題となっているようです。
2006(平成18)年8月に制定された「一般均等待遇法」により、ドイツでは雇用および訓練などにおける年齢差別などを禁止しています。また、ドイツの年金の受給開始年齢は65歳3カ月。ただし、2012(平成24)年~2029(令和11)年にかけて、65~67歳へ段階的に引き上げられ、1964(昭和39)年以降に生まれた人の受給開始年齢は67歳になります。
03日本で高齢者雇用が検討されている背景とは?
諸外国でも定年年齢や年金受給年齢の引き上げが行われている中、上述の通り日本でも2021(令和3)年4月から、今後70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となりました。まずは今回の高齢者雇用安定法の改正点について、少しおさらいしておきましょう。
2021(令和3)年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法
2021(令和3)年4月から改正高年齢雇用安定法によって、すでに紹介した通り70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となりました。今回の改正では定年を70歳に引き上げることを義務付ける内容ではなく、あくまで努力義務とはなりますが、以下のような点が改正されました。
改正前
- 65歳まで定年引き上げ
- 65歳までの継続雇用制度の導入(特殊関係事業主[子会社・関連会社等]によるものを含む)
- 定年廃止
改正後
- 70歳まで定年引き上げ
- 70歳までの継続雇用制度の導入(特殊関係事業主[子会社・関連会社等]によるものを含む)
- 定年廃止
- 高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
- 高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に
- a. 事業主が自ら実施する社会貢献事業
- b. 事業主が委託、出資(資金提供)等する 団体が行う社会貢献事業に従事できる制度の導入
※新設された4・5は、創業支援等措置(雇用以外の措置) となります
70歳までの雇用を政府が推進する最も大きな理由の一つは、少子高齢化の進展による労働力不足に対応するためです。続いて、社会保障制度の維持なども理由に挙げられます。ここからは、日本における高齢者雇用の背景について、もう少し掘り下げて考えてみましょう。
少子高齢化と労働力不足のため
2024(令和6)年3月1日現在、日本の総人口は1億2397万人(概算値)で、20年前の2004(平成16)年の1億2768万人に対し、約371万人減少しています。前年同月に比べても、59万人の減少となっています。
出典:総務省統計局ホームページ 「人口推計 令和5年10月確定値、令和6年3月概算値(2024年3月21日公表)
2023(令和2)年10月1日現在の確定値では、総人口1億2435万2千人に対し15歳未満人口は1417万3千人で前年同月に比べ32万9千人減少しているのに対し、75歳以上人口は2007万8千人で前年同月に比べ71万3千人増加しています。
厚生労働省「我が国社会保障制度の構成と概況」によれば、2060(令和42)年には総人口が9,000万人を割り込み、高齢化率は40%近い水準になると推計されます。
また2010(平成22)年では、人口12万806万人に対する生産年齢人口(15歳~64歳)割合は63.8%、高齢化率(65歳以上の人口割合)は23.0%でしたが、2060(令和42)年には、人口が8,674万人にまで下がり、生産年齢人口割合も50.9%まで減少すると推計されます。
出典:総務省統計局ホームページ 労働力調査(基本集計)2022年(令和4年)平均(速報)結果の要約「 労働力人口の推移・男女別」
一方、総務省統計局「労働力調査(基本集計)2022年(令和4年)平均(速報)結果の要約」によれば、日本の労働力人口は2010(平成22)年では6632万人、2012(平成24)年では6565万人と減少しましたが、女性や高齢者の労働力人口の増加などにより2013(平成25)年より6593万人と増加に転じ、2022(令和4)年では6902万人とさらに増加しています。しかし少子高齢化の進展や生産年齢人口割合の減少などを受け、さらなる労働力の確保を目的に高齢者雇用を推進していると考えられます。
社会保障制度の持続可能性を確保のため
2023年8月、国立社会保障・人口問題研究所は2021(令和3)年度の社会保障給付費が138兆7433億円だったことを公表しました。また厚生労働省「今後の社会保障改革について」によると、高齢者数がピークに達する2040(令和22)年には社会保障給付費は188.2~190.0兆円まで増加すると予想されています。
高齢者が急増する一方で、生産年齢人口は急減しているため、高齢者をはじめとする多様な就労や社会参加を促進していくための社会保障改革が必要となることが分かります。
04老後を見据えて早めの資金計画を
国により多少の差がありますが、世界的に見ても定年年齢や年金受給年齢の引き上げが行われていることが分かりました。現状の日本では上述の通り、60歳の定年制を採用する企業がほとんどです。しかし、改正高年齢者雇用安定法が施行されて数年が経った現在、徐々にではあるものの、今後は企業の雇用制度も見直されていく可能性があります。
また、就業機会が70歳まで確保されれば、年金生活となるいわゆる「老後」と呼ばれる時期もずれることが予測され、老後の資金計画にも影響が及ぶでしょう。現役のうちから老後の資金計画を立てておくと、より具体的なイメージが湧きやすくなります。特に60代を目前に控えた40代後半から50代までに、老後の資金計画をしっかりと立てておくと安心です。老後の資金に心配がある人は、「老後のお金シミュレーション」で現状について把握することから始めてみると参考になりますよ。
さらに最近は、老後の資金形成のために投資信託などの運用を活用している人も増えています。特に2024年から新しい制度になった「NISA」は、運用で発生した運用益や分配金が無期限で非課税になることから、注目されています。老後資金だけではなく、ライフイベントに合わせての資金形成が可能です。NISAについて詳しく知りたい方は、「新NISAではじめる資産形成」の記事をご覧ください。こちらで新しくなったNISAの制度について解説しています。
監修:岩永真理
IFPコンフォート代表、一級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP®、住宅ローンアドバイザー
プロフィール
大手金融機関にて10年以上勤務。海外赴任経験も有す。夫の転勤に伴い退職後は、欧米アジアなどにも在住。2011年にファイナンシャル・プランナー資格(CFP®)を取得後は、金融機関時代の知識と経験も活かしながら個別相談・セミナー講師・執筆(監修)などを行っている。幅広い世代のライフプランに基づく資産運用や住宅購入、リタイアメントプランなどの相談多数。
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